ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボを巡る1

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都、サラエボでの体験です。もともと旅のメイン目的地であるセルビアへ陸路で移動するための中継地という位置づけだったのですが、ここでの人との出会いはとても印象深いものとなりました!

ボスニア・ヘルツェゴビナ?

僕たちが滞在したのはボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボ。セルビア第2の都市ノビサッドへ行くためにバスで8時間ほど揺られるのですが、成田を出発してからサラエボ国際空港に着くまでに、経由地での待機も合わせて20時間ほど掛かります。サラエボに着いていきなりセルビアへ向かうのはムキムキマッチョメンではない僕たちには不可能なので、休養と観光を目的にサラエボで2泊してからセルビアへと向かいます。

ところでボスニア・ヘルツェゴビナと聞いて皆さまはどんな印象をいだかれますか?こちらの記事でも紹介しましたが、割と最近まで独立紛争があった地域で、僕も内戦とか民族浄化とか正直なんか物騒な地域ってイメージでした。

旧ユーゴスラビア(ボスニア・ヘルツェゴビナとセルビア)に旅行中!

2018.05.19

 

ところが実際に現地を肌で感じると全く物騒ではない、むしろ日本のちょっとガラの悪いところの方がよっぽど物騒なんじゃないかってくらい安全な場所でした!なにせ旅の仲間3人は深夜2時半に街へ繰り出していきましたからね笑

                 深夜のサラエボ

僕は疲れていたので寝ていましたが、日本に帰る際も再び訪れるので次は深夜に繰り出すつもりです笑

サラエボは東洋と西洋がミックスされている!

ボスニア・ヘルツェゴビナではキリスト教徒とムスリム(イスラム教徒)が共存しています。教会から道路2つ挟んでモスクがある、みたいな感じです。昨今の世界情勢からは考えづらいですよね。

この地はかつてオスマントルコとオーストリア=ハンガリー帝国の支配を受けていました。オスマントルコからアジアとイスラムの影響を受け、オーストリア=ハンガリー帝国からはヨーロッパとキリスト教の影響を受けました。そうしてボスニア・ヘルツェゴビナは東洋の文化と西洋の文化が混在する地域となったのです!

セルビア市内のモスクと教会(多分カトリック)

街中では肌の露出を控えたイスラム教徒の女性の横を、TシャツGパン姿で歩くキリスト教徒の女性を普通に見かけました。

お互い仲が良いかはわかりません。もしかしたら昔は仲が悪かったかもしれませんし、今も完全にはわかり合えてはいないのかもしれません。でも僕が見る限り彼らは共存できているように見えました。世界もそうなるといいですね。

サラエボで国際交流!

実をいうと僕はあまり、いやほとんど英語を使えません。ボスニア・ヘルツェゴビナはボスニア語(ほぼセルビア語ですが現地の方は政治的な理由でボスニア語と呼びます)が公用語ですがサラエボでは英語もおおむね通じます。

今回僕たちは4人で旅をしているのですが、その内のお一人Keiichiさんは英語に加え、なんとセルビア語まで話されるスーパーな御方です。そのKeiichiさんのお知り合いがサラエボ在住。連絡を取って頂きなんとサラエボを案内して頂けました!

案内してくれたお二人。そして旅の仲間

二人ともめっちゃ美人でしたね!ドギマギしてほとんど喋れませんでた笑

いや英語できないんでマッチョマン相手でも喋られないんですけどね・・・でもせっかくの機会ですし美人ですし僕の貧弱な英会話でサラエボの気候とか人気なスポーツとか聞きました!僕のたどたどしい英語でも笑顔で聞いてくれて、うれしかったですね。英語もっと真面目に勉強しておけばとめっちゃ後悔。自在にコミュニケーション取れたらどんなに楽しめるだろうと。

とにかく優しくて笑顔が素敵なお二人にはほんとに感謝です!

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